1933年の米ミュージカル映画『フットライト・パレード』の劇中歌「上海リル」(作詞:Al Dubin 作曲:Harry Warren)の架空の続編として創作されたのが「上海帰りのリル」です。前奏と間奏には「上海リル」のメロディーがそのまま使われ、そのつながりが想起される作りとなっています。言わば本歌となる「上海リル」も1930年代にディック・ミネさんら多くの歌手による日本語カバーが発売されています。
※余談ですがこの映画には、劇中歌として「南国の夜」が作られた1938年の映画『Tropic Holiday』の主演女優ドロシー・ラムーアがコーラスガールの一人として出演しており、これが彼女のスクリーンデビューとなりました。
歌った津村謙さんはこの曲で一躍人気歌手となり、翌年の第2回紅白歌合戦(この頃は正月の放送)に初出場し、以降、昭和33年の第9回まで連続出場を果たします。
作曲した渡久地政信氏は元々は歌手としてデビューしたもののヒットが出ずに歌手を断念、作曲家に転向して最初の年、第4作目となるこの「上海帰りのリル」が大ヒット曲となりました。「お富さん」「踊子」「湖愁」などを手がけ、昭和20年代後半から30年代の日本の歌謡界の本流を作った作曲家のひとりです。
作曲家・𠮷田正氏とは五歳違いと年齢が近く、同時代に切磋琢磨した同僚であり友人同士。金子勇氏による𠮷田正氏の評伝には、渡久地氏作曲によるフランク永井さんの「夜霧に消えたチャコ」「俺は淋しいんだ」は、スランプに陥った渡久地氏に𠮷田氏が声をかけ、自分の門下のフランク永井に曲を書いてはどうかと勧めたことから生まれたヒット曲だというエピソードが語られており、そこに二人の友情が垣間見えます。
作詞の東條寿三郎氏はキングレコードの作詞家として、渡久地氏とのコンビによる「吹けば飛ぶよな」(昭和29年 歌:若原一郎)や「星屑の町」(昭和37年 作曲:安部芳明、歌:三橋美智也)などのヒット曲を手がけています。
【参考文献】
『ミネルヴァ日本評伝選 𠮷田正:誰よりも君を愛す』金子勇・著(ミネルヴァ書房)