いのち短し、恋せよ乙女——「ゴンドラの唄」といえば、このうたいだしの名フレーズにつきます。
「ゴンドラ」とは水の都ヴェネツィアの水路をゆく手こぎボートのこと。はかないわかさとあつい恋心を、さきをも知れずにただよいながらすすむ舟路になぞらえた歌です。
森鴎外が翻訳したアンデルセンの作品『即興詩人』のなかに「朱の唇に触れよ、誰れが汝の明日猶在るを知らん。恋せよ汝の猶少(わか)く、汝の血猶熱き間に…」というヴェネツィア民謡がでてきます。作詞者の吉井勇氏はこの一節をもとにして「ゴンドラの唄」の歌詞を書いたのだそうです。
クラシック音楽で《舟歌》とよばれる形式があります。8分の6拍子や8分の9拍子のただようようなリズムと、軽快ななかにもどこかうれいをふくんだメロディーが特徴です。「ゴンドラの唄」はその形式をとりいれた、日本で最初の“舟歌ポップス”といえます。ときは大正4年、いまから100年前です。
社会現象にまでなった「カチューシャの唄」につづく芸術座公演の劇中歌ということでおおいに話題になりましたが、前作ほどの大流行とはならなかったようです。作曲者の中山晋平はのちに「拍子が少々わかりづらかったのではないか」とか「この曲は失敗だった」とさえ発言しています。大衆感覚のさきをゆきすぎてしまったとおもったのでしょう。
けれど、それから37年後の昭和27年、黒澤明監督の映画『生きる』の中で、志村喬演じる主人公が公園のブランコでこの歌を口ずさむ名場面が、多くの人々の記憶に残ることになりました。
晋平自身もこの映画を見ています。昭和27年当時、すでに体が衰え、床に伏せっていることも多かったという晋平は、主人公の姿に自分自身を重ね、自らの人生を振り返ったかもしれません。そして、その後まもなく急激に体調を崩し、この年、65歳で亡くなりました。
【参考文献】
『流行歌の誕生―「カチューシャの唄」とその時代』永嶺重敏・著(吉川弘文館)
『唄の旅人 中山晋平』和田登・著(岩波書店)
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