日本最初期の商業用レコードとして昭和2年に発売され大ヒットした曲です。日本人の心の琴線にふれる“わび・さび”にみちた旋律から、はなれ島の日暮れの情景がうかびあがってくるようです。
歌の舞台は伊豆大島の波浮港。当時は東京との船便もないさびしい漁村。野口雨情は現地をおとずれることなく、自身の故郷の風景からイメージをひろげて詩を書いたといいます。そのため実際の波浮港ではみられない夕日や海鵜が詩に登場する、というのはこの歌にまつわる有名なエピソードです。
中山晋平は大正から昭和のはじめにかけて、その時代におけるあたらしいありかたでもって、作曲家として大衆音楽を牽引しました。
まずは大正3年、芸術座公演の劇中歌「カチューシャの唄」で“日本の流行歌第一号”をうみだしたことから作曲家としてのキャリアをスタートします。そして児童雑誌『金の船』『コドモノクニ』誌上で野口雨情とのコンビで「雨降りお月さん」「あの町この町」などの童謡を多数発表。また当時さかんだった新民謡の作曲にも力をそそいでいます。
そのころ、あたらしい録音技術が伝来し、日本国内でのレコード製造がはじまります。これにより一般の人々にとってレコードが以前よりも身近なものとなり、レコードで音楽をたのしむ文化がひろがりはじめます。
昭和2年(1928年)にレコード発売された「波浮の港」は、日本における最初期の商業用レコードのひとつであり、そのなかでもレコードによってひろがった最初のヒット曲といえるものでした。
音楽文化のあたらしい形態がうまれたとき、そこにはいつも中山晋平の曲があった。そんな印象すらかんじられます。
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