橋幸夫さんは昭和35年に「潮来笠」でデビューし日本レコード大賞新人賞を受賞。吉永小百合さんは昭和37年に『キューポラのある街』でブルーリボン賞主演女優賞を受賞、また同じ年に「寒い朝」でレコードデビューも果たします。若きスター二人のデュエットによる明るく爽やかな青春歌謡は驚異的なヒットを記録し、翌年には同名映画も製作されました。
たしかにコンピレーションCDの帯文句や流行歌史の大まかな解説としては「青春歌謡」にちがいありません。振り返ってみれば当時は青春歌謡の黎明期。翌昭和38年に発表される舟木一夫さんの「高校三年生」や三田明さんの「美しい十代」(作曲:𠮷田正)は《青春歌謡=学園ソング》の象徴的な存在です。そうした学園モノ青春歌謡は当時のティーンエイジャーたちにとっての《自分たち(だけ)の歌》という新しい音楽価値を創り出しました。
他方で吉永小百合さんが歌った「寒い朝」や「いつでも夢を」は、若者ばかりでなく当時の大人たちも、その心の奥に秘めた無垢さやひたむきさをグイと引っぱり出されるような、まぎれもなく《私の歌》だと感じられるものだったと思うのです。歌詞の内容は普遍的・哲学的で、いわゆる人生訓をわかりやすいことばで示しています。
「声がきこえる 淋しい胸に 涙に濡れたこの胸に」とあるように、「いつでも夢を」は愁いの淵にただずむ人の歌です。けれども、その人にも小さな希望が見えるときがきっとおとずれる。
このテーマを扱った歌を私たちはいくつも知っています。
たとえばアメリカ歌曲「Whispering Hope (1868)」を原曲とする唱歌「希望のささやき」では、
闇は四方にこめ 嵐たけれど
あした陽はのぼり 風もなごまん
希望のあまき言葉 憂きにも幸はひそむ
訳詞:緒園涼子(昭和28年/1953年)
時代劇『水戸黄門』の主題歌「ああ人生に涙あり」では、
人生楽ありゃ苦もあるさ 涙の後には虹もでる
作詞:山上路夫(昭和44年/1969年)
そしてチェット・ベイカーの歌唱で知られるスタンダードナンバー「Look for the silver lining」。
Look for the silver lining
When ever a cloud appears in the blue.
Remember somewhere, the sun is shining
And so the right thing to do is make it shine for you.
Lyrics: B.G. DeSylva (1919)銀の裏地をさがしにいこう
雲が青空を覆ったならば
忘れないで どこかで輝いている
おひさまがきっと照らしてくれる
この歌詞は「悪いことの反面には必ず良いことがある」という意味の英語のことわざ《Every cloud has a silver lining / どの雲にも『銀色の裏地』がある》をふまえたものです。
憂きにも幸はひそむ。涙の後には虹もでる。これらの歌のテーマはまぎれもなく「禍福はあざなえる縄の如し」です。悲しみの中の「あの娘」の声(いつでも夢を)も、北風の中のかすかな春(寒い朝)も、あざなえる縄の如き禍福でありましょう。このメッセージを心から自分に言い聞かせることができるのは、幾度かの挫折と立ち直りの経験を経た大人だと思うのです。
吉永小百合さんの愁いと意志の強さを秘めた明るい歌声(そして橋幸夫さんの若いエネルギーと成熟した表現力をあわせもった歌声と)は、ともすれば他愛のない言葉のつらなりとしてのみとらえられがちな人生の喜びと悲しみを綴った詩を、聴き手を世代で分かつことなく、まっすぐに伝えることのできる歌声だったのだと思います。
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