懐かしい歌をギター生伴奏で

毎年、立春の時季には「いかにせよとの この頃か」という想いになります。

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早春賦

 
1913年(大正2年)唱歌
作詞:吉丸一昌
作曲:中田章

春は名のみの 風の寒さや
谷の鶯 歌は思えど
時にあらずと 声も立てず
時にあらずと 声も立てず

氷解け去り 葦は角ぐむ
さては時ぞと 思うあやにく
今日もきのうも 雪の空
今日もきのうも 雪の空

春と聞かねば 知らでありしを
聞けば急かるる 胸の思いを
いかにせよとの この頃か
いかにせよとの この頃か

 

文学者・教育者である吉丸一昌氏は、文部省編纂の『尋常小学唱歌』の歌詞編纂に大きく関わった人物で、そうするとお堅い唱歌を作った学者風の人物をイメージするかもしれませんが、実際にはむしろその逆で、後の時代に大きく花開く“童謡”のさきがけとも言えるような、子供が楽しく歌える、とりわけユーモア感覚を重視した作詞家だったのです。

氏は1912年から1915年にかけて『新作唱歌』全10集を編著。この唱歌集では、歌詞は自作のものや外国曲の訳詞、作曲には本曲「早春賦」の中田章氏をはじめ、当時の若手作曲家を起用しました。

第1、2巻は児童向けの『幼年唱歌』と題して刊行、3巻以降(「早春賦」は第3巻)では対象を「幼稚園、尋常小学校、高等小学校、中学校、高等女学校程度」と拡大しています。

さらに第6集以降では「滑稽歌曲」と銘打ったジャンルを中心に収録しており、ユーモア性を重視した氏の歌作りの方向性が明確になっています。

私たちチャコ&チコの歌声喫茶では毎年、立春の時季にこの歌をとりあげ、今年も新たな四季が始まるのだという想いを抱くのが恒例です。もう少し正確に表現するならば、新しい季節が始まるのかな、いやまだかな、ん? どうなんだ? というような想い。「早春賦」の歌詞に含まれるおかしみが、そういう想いを喚起するのです。

クスリとするようなユーモアセンスと、気鋭の作曲家たちの西洋音楽感覚との融合が、吉丸唱歌の独特の味わいなのだと感じます。


投稿者:チャコ&チコの歌声喫茶
記事公開日:2024/03/30(土) 
タグ:1913年  中田章  吉丸一昌  大正2年