明治17年『小学唱歌集 第三編』に収められたいわゆる翻訳唱歌です。発表時の題名は「菊」でしたが、のちに歌い出しの歌詞「庭の千草」で呼ばれるようになりました。
歌い出しの歌詞がそのまま正式タイトル、あるいは通称となっている曲は数多くあります。同じ時代の翻訳唱歌「仰げば尊し」も「蛍の光」も、歌の主題というよりも最初の歌詞がそのまま題名となっています。
当時、唱歌は学校で習い歌うものでした。だとすれば、人が最も意識的になるのは歌の始まりの歌詞です。始まりの歌詞が、その歌を指し示し他の歌と区別するためのインデックスの役割を果たすようになるのは、自然なことだったかもしれません。歌詞はスラスラと出てくるけれど題名は知らない。“愛唱歌”というのはえてしてそういうものです。
「故郷を離るる歌」という題名を知らなくても《園のさゆりナデシコ 垣根の千草》は歌えます。「思い出」という題名にはピンとこないとしても《垣に赤い花咲く》と聞けば、ああ、あの歌ね、となります。「七里ヶ浜の哀歌」はその正題よりも「真白き富士の根」として親しまれています。
情報メディアが発達し、高度な検索が可能になった現代においては、題名のみにインデックスの役割を負わせる必要がなくなりました。そのため、歌の主題を指し示す題名付けができるのはもちろん、表記に凝ってみたり、意図的にかなり長い題名にしたり、題名も含めて表現の一部とすることができます。極端に言えば、内容と関係のない題名をつけても問題ないわけです。